2023年2月8日に書いたふせったーより。友人がストルーエンセ見てくれたので、過去の自分の感想を掘り返していて、このふせったーは後に加筆してここに書いたんだけど、元も載せておこうかと。
「海辺のストルーエンセ」ネタバレ全開の感想というかぐるぐる考えていることを書き散らします。まとまりはないです。観劇した人だけ読んでください。
物悲しいだけの話ではなくて、時にコミカルに、時にシリアスに、時に微笑ましく、時に禁断の恋に胸をときめかせて。
様々ない人の思いが交錯した話は面白い、けれど主人公は死ぬ。
もう1人の主人公であるクリスチャンに胸を貫かれて。
史実をある程度知った状態で臨んだし、あらすじを見る限りそうなるだろうとある程度予測は付いていたので、あーさの演じるヨハンは死ぬだろうなと思っていた。
でもまさか縣くんクリスチャンの手により死ぬとは思いもよらなかった。
いや最期のシーンで王がでてきた段階では予想したものの、うわーーまじかーーーってなった。
しかもそこで1幕序盤(決着がついていない決闘)と2幕中盤(お芝居が下手)の伏線を回収……流石すぎる。
1幕は基本的に楽しく進むけれど、所々にヨハンの危険思想は見え隠れしている。
彼は別に自分が「乗っ取りたい」という野心を持っていた訳ではなくて、ある意味とても純粋に「この国を良くしたい」「カロリーネが褒めてくれたから頑張ろう」くらいの感情なんだろうなと思う。
国を変えていくってそういう甘い話じゃないんだけど、3人はそれに気づけるほど世の中の理を知らなかったんだろうな。
この辺りって蒼穹の昴での光緒帝と被るよね。今回の縣くんは傀儡の王の立ち位置でちょっと似た役が続くなーと思ったけど、幕が開いてみたら全然違うキャラクターだったからこれはこれで大変だっただろうな。
傀儡となっていた王クリスチャンも、窮屈な王宮に縛り付けられていた王妃もカロリーネも、自由なヨハンと出会うことでしがらみから解放されて幸せだっただろうと思う。
子供だった彼らは外の自由な世界が珍しかったし、美しく思えたし、浮かれていたのだろうな。
自分たちは正しいと信じて疑っていなかったから、無邪気にヨハンの言う正義を信じて事を進めていたのだと思う。
けれど、国を動かすというのは優しさだけでは出来ないし、「そんなに甘くない」んだよな。
それは何だってそうなんだけど自分で選んで道を決められなかったクリスチャンとカロリーネにとっては、そう言うことまで分からなかったんだよなきっと。
誰も教えてくれなかったから。知らなくても良かったから。
お金が足りなきゃお金持ちに出させればいい、は一見良いことのように思えるけど、強引な進め方や納得性などが無ければ軋轢を生んで、それが積もって爆発する可能性を秘めている。
その辺りはユリアーネたちが結構うまくやっていたんではないかと思う。
ヨハンが盲目的に政治にのめり込んでいく時に、クリスチャンが奥で署名をしている。最初は自ら署名していたはずの彼がだんだん自分の手首を押え、勝手に署名をしようとする手を止めようとする。
国の傀儡である事を厭いヨハンと共に政治を行うつもりが、今度はヨハンの傀儡になっていく現れが、見ていて辛かった。
倒れたクリスチャンに「無理をさせたね」と柔らかい笑みを見せた(恐らく)ヨハン。その時のクリスチャンはホッとしたようにヨハンの名を呼んだ。けれどその後の言葉に表情を失い悲しそうにその場から立ち去る。
『陛下がいなくても私が法令を出せるようにします』
それってつまり自分が全部やるから引っ込んでなってことだけど、ヨハンは単純にクリスチャンが大変そうだから、って感じなんだよな。
自分が乗っ取るぞーとか思ってない。だからこそ厄介で。
やっぱりどこか狂ってるこの人、って薄ら寒くなるこの一連の流れ。
そんな風に扱われたのにも関わらず、クリスチャンはヨハンを殺すことを躊躇っていた。過去彼に噛まれた腕と彼に操られて署名した右手を擦りながら。
劇中劇がありどこか機械仕掛けのような政治の見せ方も「クリスチャンは王を演じさせられているだけ」ということの暗喩というか対比なのだろうと思う。
筋書き通りに進まなければ、歌にある通り「役を誤れば首を切られる」のだ。
ヨハンは自分に与えられた医者という役に終始するべきだった。そうしたらあんな結末にはならなかったかもしれない。
人にはそれぞれ与えられた役割がある。
それを逸脱すれば排除されるのはわかるんだけど、それでももがきたくなるのが人間の性みたいなところですよね……
理想と現実は違うのに、理想を追い求めすぎてしまう、みたいな。
うーん……このあたり言語化が難しいな……
ヨハンとクリスチャン、ヨハンとカロリーネの間には確かに友情があったし、友情を超えた愛情も確かにあっただろうと思う。
カロリーネは初恋のようなものだっただろうし、ヨハンも遊び人の振りをしていた(金を稼ぐ為と割り切っていた)から、カロリーネとの恋愛が初めてだったんじゃないかなあ。
だからこそ舞い上がって道を踏み外してしまったんだろうな、自分の創る世界が見たいと甘えられたら調子に乗っちゃうよなあ。無敵だもんね。
クリスチャンもブラントたちはいたけど、自分の傍で叱ってでも甘えさせてくれて、導いてくれて……という相手はヨハンが初めてだったんだろうな。
ヨハンを呼ぶときや、ヨハンと笑いあうクリスチャンは凄く嬉しそうだったし、「ずっとお傍におります」とヨハンが言ってくれた時はくしゃくしゃの笑顔で笑ってた。
だからこそ、その後のシーンが残酷で辛い……。
クリスチャンはヨハンを大事に思っていたからこそ、カロリーネとの不貞も気づかないふりをしようとしたんだよな……
カロリーネのことも好きになろうとしていたけどヨハンのことをとても大事にしていたんだと思う。
それなのにお前……ってヨハンの胸倉掴んで詰め寄りたい気持ちです。
最期に海辺に現れた王はヨハンのことを「ストルーエンセ」と呼ぶ。あんなに「ヨハン」と親しげに呼んでいたのに。硬い表情に葛藤が見える。
自分を撃てというヨハンから顔を背けて拳を握る彼はやっぱり優しすぎたのだと思う。
でもヨハンは微笑んで自分に剣を向けさせて……他の人の手にかかって死ぬよりも友人だったクリスチャンに殺されるほうが良いと思ったのかもしれないし、王がちゃんと始末をつけた、という方が世論的にも良いと思ったのかもしれないけど、クリスチャンにとっては地獄だよな……
カロリーネは初恋のヨハンとの愛を思い出しながら生きていけるけど、クリスチャンは大事な人を自分の手で殺したのに生きていかなきゃならないしまた傀儡に戻るんだぞ……?
酷くない????
これはもう転生してアダムとモプシーになるしかない!はじめくんと池波でも良いよ!
でも最後のセリフにもあるけど、多分ヨハンと出会ったことは無駄でも意味のないことでもなくて、確かに彼と過ごした時間は大事なものだったんだろうなと思う。
この話ってヨハンの話ではあるんだけど、クリスチャンの話でもあるんだよなと思う。
海を眺めて一人になる少し前のクリスチャンが、客席に向けて背を見せたまま、「ありがとう」って呟くけど、あれはその前の台詞(まなはるさんの劇団の話)を受け手ではないような気がして。
振り返ったクリスチャンが泣いていたのを見ると、あれはヨハンに別れを言っていたのかなあと思う。
ヨハンを手にかけてから、ずっとクリスチャンは背を向けていてこちら側には表情を見せなくて。
スポットライトが彼の周りに四角い光の檻を作っていて、彼が孤独であり閉じ込められているような暗喩になっていて切ないし、その周りを色々な人が歩き回る。その四角の中には誰も来ない。
クリスチャンは一人ぼっちだったんだなと思うし、その周りを歩いている人と動かないクリスチャンの対比が痛い。
時が止まってしまったクリスチャンと、それでも動いていく世の中という感じ。
周りが動いていく中で、クリスチャンは一人暗い海を見つめてヨハンのことを思い出していたのかなと思うと悲しくなるし辛い。
少しだけ自分の中で答えが出て、それが故の「ありがとう」だったのかなあと行間を読みまくるオタクは考えていました。
しかし贔屓(あーさ)が推し(あがたくん)に殺されるとかマジであり得るんだな。凄い世界。
これ美しい地獄だなって思ってたんですけど、その次の日に刀剣乱舞でまた別の美しい地獄を見てしまい、なんてものを私は短期間に摂取してるんだ……と思いました(笑)
もっといろいろ考えたいことはあるんだけどうまくまとまらないのでとりあえずここまで。